異動の内示が出てから~社内で発表まで【研究員→海外営業へ】

海外営業部に異動になったその日。

私は全然眠れませんでした。

 

遅くなって申し訳ない。前回の続きです。

新卒から20年以上技術系にいましたが、異動することになりました。なんと…

なんなら、ビールを飲みながら、

1人しくしく泣いていました。

 

社内的に見れば、

今の大好きな部署の人には申し訳ないですが、

栄転です

 

うん。

 

おそらく。

いや、間違いなく

今の部署、15年以上在籍した愛着のある部署は、

むかーしむかし、工場のすみっこで誕生しました。

工場から部署として独立し、なんだかんだでそれなりの大きさになり・・5年前、私が現在所属する弱小研究室も発足されました。

 

我が研究室は、小さいながらも成果を出してきました。

その成果が積もっていき、2年くらい前から億単位の研究費が使える研究チームへと進化を遂げました。

僭越ながら、私がリーダーを務めたプロジェクトが稼ぎ頭でした。

もちろん、うちの研究室だけではなく、他部署、大学、他の企業とコラボし、いろんな人を巻き込むことで大きな波となり、予算のオッケーが出たのです。

最近の研究のトレンドは、1人の超優秀な人よりも、如何にいろんな人を巻き込めるか。時代の追い風を受けて大きな渦になっているか。が重要な気がします。

たまたま私のプロジェクトのテーマがそれにマッチしていました。

運がよかったのです。

 

研究課題が多少、注目されることはありましたが、

私自身は、工場の隅っこで、

ずーっと『すみっコぐらし』をしていた訳です。

しかも管理職でも何でもない。

THE ヒラ。

いずれはこの部署の管理職になれたらな・・と思っていました。

 

ん?

出世欲ですか?

そりゃありますよ。給与も名誉も欲しいですよ。

営利団体に所属しているんですもん。

 

ただ、評価は本当にぜーんぜんされません。

日本企業って、『面白いことやらせてあげているんだから、やりがいあるでしょ。評価なんてしないよ。』なんてセリフを結構平気で吐いてきます。

嘘だ~と思うかもしれませんが、事実です。

本当に。

数年前に組んでいた優秀な後輩は「やってられない」と会社を去りました。

メンバーが辞めるってイタイ事件です。

荒波を乗り越えることは至難の業でした。

そこから数年。

 

何とか踏ん張って、あと一歩!

 

ということろの昨年8月末。

我々の研究にとって大事件が起こりました。

このままでは、高確率でプロジェクトが失敗する!

という課題を見つけてしまったのです。

 

億単位で発注していた器具や用具を全て一旦ストップ。

機会や製品の仕様を変えなくてはならない重大な改良すべき課題でした。

むしろ、この時点で見つけられてよかった。

全てが納品されてから見つかったら、

多額の損失を出させる所でした。

 

もちろん、改善が済むまで納期は延びてしまいます。

いろんな所に頭を下げ、データを揃え、理路整然と説明し、課題とそれに伴うスケジュールの後ろ倒しを一人一人丁寧に説明しました。

課題克服のための改善や改良データも必死に貯めました。

 

正直、連敗・連敗・連敗続きで、本当にしんどかったです。

「なんで発注前に見つけられなかったんだ」

と沢山の人に言われました。

んなもん、それまで何百回もテストしたわ!

たまたま、偶然いつもと違う角度でテストして、たまたま異変に気が付いて、勇気を出してストップしたことを誰も褒めてはくれません。

 

勝っている時はみんな見てくれますし、

注目され、声もかけてくれます。

 

負けが込んでいる時って、すごいネガティブなことを良かれと思って声かけてくる人もいるんですね。

この半年で、人って面白いな~とつくづく感じました。

 

さて。

そんな中、8月から光が見えなかった課題に、ようやく、少しだけ、光が見えてきました。

うん。

厳密に言うと、技術的にはどうかなった訳ではありません。

しかし、再三再四説明して、この技術が出来上がった時の会社への投資リターンと、他社との比較と、世界でこの技術に着手している企業が少ないという点で、だんだんと、

応援する仲間が増えてきました

心強いものです。

ちょっとしたアイデアや、励ましの言葉を沢山いただくようになりました。

 

よし、3月には何とかしよう。

少なくとも、予算も例年通りもらって、技術が実を結ぶように・・現在ストップしている発注も再開して、前に進めよう・・

としている最中に、

リーダーの私が

異動になりました。

 

そうか・・・

 

人生は、自分でコントロールできる部分と、自分ではどうしようもない部分があります。

今回は、後者。

技術的にも思いっきり途中。うん。非常に残念ではありますが、ここで同僚達にバトンパスです。

 

周囲の複数の関係者が、

嘘やろ・・

という感想を述べていました。そりゃそうだ。一番分かっている人が、全然関係ない所に異動する。

数日、関係者で呆然としました。

 

でも、もう決まったこと。

組織の決定は絶対。

ということで、私は片付けなくてはいけない資料や実験をあと1ヵ月全力で行うことにします。

 

4月からは新天地です。

 

えっ?

切り替えられるものなのって?

 

全然切り替えられませんし、なんでや!とも思っています。

その後、あまりに私が抜けたらイタイということが発覚し(おそらく、関係者からのリークと懇願)、

今の部署の上席と新部署の上席が話し合い、

異動後も、

20%のリソースを前部署の研究に注ぐことになりました。

 

なんでや。

 

1週間に半日、研究員に半年~1年、戻ることになりました。

研究員と海外営業の二刀流です。

うん。

んなもん、できるかいな。

給料上げてくれや!と思いますが、それらも全て飲み込み、自分でコントロールできない『異動』という事実を受け入れ、静かに準備をします。

これが現実です。

 

では、また!

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ABOUTこの記事をかいた人

10数年前の入社当時は、バリバリ系(自称)を目指してヒジ張って働いていました。 メディアに紹介され、優秀な女性として会社の重要ポストに・・と本気で考えていました。 現実は全く違い、自分の中で上々の結果だと思っても平凡な評価。現実と理想の違いに悶々とする日々。 結婚、自らの転勤、DINKSを経て、待望の子供を出産。 2回の育休を取得し、現在4歳、6歳の育児中。 もうすぐ3人目の出産を控える。 約50平米、賃貸マンションを何とか快適にと模索の日々。 夫婦共に技術系総合職、 お互いの実家は遠方(完全核家族)、 バタバタの育児、 主人は早朝(繁忙期は5時)に出社、 夫婦共に遠出の出張も・・ どこまでいけるか奮闘中の共働家、ともばたけ!