【共働きの葛藤シリーズ】
夫の育休が終了し、彼自身の働き方にも変化が現れました。
むやみやたらに、長時間労働しなくなりました
土日でも気になる日は出社していましたが、一切なくなりました。
育休を取ったおかげで、
家事や育児が如何に大変なことかが分かったことも大きかったと思います。
いや、それ以上に気が付いたこと。
自分が一定期間休んだからといって、
会社に大損害になるわけではない
これ、分かる。
私も自分が育休を取得するまで、担当している仕事は私がやらなければ!
私しか分からないんだから!
と思ってしまっていた時期があります。
良い意味での責任感で。
しかし、なんてことない。
当時の非常に変わっている上司に言われたことがよぎります。
「お前、1年ぐらい帰ってくるなよ。」
確か、育休に入るちょっと前。
お腹の大きい私に対して言ったのです。
一瞬、
『何ハラスメント?』
と思いましたが、理由がありました。
超短期間で帰ってきてしまうと、担当していた仕事をわざわざ誰かが引き継がなくても良くない。
でも数か月~1年になると、
誰かが引き継がなくてはならない。
それは、ある意味、後輩や周囲の育成になる。
「うるさい先輩は黙って休んでおけ。元気に出産して来いよ!」
と言われました。
いやいや押しつけじゃない?
長きに渡り不妊治療をしていた私は、何人もの先輩や後輩の育休を見送ったので、いろんな仕事を背負い込み、アップアップになっていた時期がありました。
本当にしんどかった。
妊娠したいのにしていない自分が、
幸せな人の尻ぬぐいをしているようで辛かった。
でも、その時期はかなり伸びたと感じました。
仕事面でも精神面でも。
うん。
そうなのよ。
迷惑もかけるけど、代打を設けることで、
その代打は、
今まで取り組まなかった仕事やスキルを伸ばすこともあるのよ。
今まで3回育休を取り、
3回復帰しましたが、
後輩の成長に毎回ビビりました
す、凄すぎる・・
私が担当してた時よりもよっぽどいいやん!と思う案件が多く、陰でちょっと凹みました。
後輩も、私に見せたくて、うずうずしてくれていたようです。
課題もぐーーんと前に進み、
・・あと5回くらい育休取ろうかな
と思ったくらい。
夫も育休中、
質問の電話が結構かかってきていたようですが、
その頻度も日に日に落ち着いてきました。
彼は40代の管理職的な立場。
チームは7~8人の技術スタッフを抱えていたようですが、みなさん、リーダーがいなくても主体的に動き、一定の成果も上げていたようです。
メンバーも、夫自身も、良い意味で、
リーダー不在でもやっていけるかも
という自信を手に入れたみたいです。
というわけで、夫は、
オレ、辞めるなら今かも
とより強い意志を固めました。
そんなこんなで、2020年の年末を迎え、
「来年は転職活動をしてみるよ。」
と言い出しました。
条件としては、
- 地元で
- 今までの経験が活かせたらよし
というところです。
まぁ、急ぎではないし、今の会社でも働き方や本人のマインドを変えたら、結構悪くないと思うんだけどな~
給与的にも、条件的にも。
と私は思ってしまいましたが、1回離れたいという気持ちが強いようでした。
あれよあれよと春がきて、2021年度がスタート。
転職活動をぼちぼちするのかな?とふんわりしていた中・・
夫が研究所のトップによばれました。
関東の研究所に転勤どうかな?
と打診されました。
ええ。
やっと第1話に戻ってきましたよ!
長かった~~
お付き合い、感謝します。
関東かぁ・・
生まれ育った関西は大好きですが、やっぱり人口や職の多さも関東は桁違いです。
夫が転勤して、私が都内に転職するのもアリじゃない?
と思いました。
そう考えるとどことなくウキウキもしてきました。
でも、子供が3人いて、夫は新しい赴任先、
妻は全く違う企業に転職。
40代のオジンとオバハンの体力は続くのか。
保育園や学校はスルッとスタートできるのか。
う~~ん。
ウキウキよりも心配の方が大きい
正直な話。
そんな、私の勝手な妄想を打ち破る夫の一言。
「オレ、関西で転職活動をするよ。関西が好きだし」
なんだと~~!!
都内モードに揺れていた私にサラッと、
東京生まれ東京育ちの夫が言うではないですか。
この、
恩知らずが~!!
東京に謝れ~~
ってやりとりはありましたが、まぁ、関西で決まればそれで良いか。
夫の転職活動が始まりました。
果たして、上手くいくのか?
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