幻の妊娠 -①夫が育休取得となるまでー

結婚3年目の春。

私は、初めて妊娠しました。

妊活を始めて3年、やっとやっと待望の妊娠でした。

お調子者の私は、ルンルンになり、職場や親せきにも妊娠の報告をして回りました。

 

母は初孫に喜び、すぐにハラマキや下着を送ってくれました。

友人は、絵本を送ってくれました。

職場の先輩は、抱き合って喜んでくれました。

 

そんな矢先・・授かったはずの小さな小さな心拍は、止まっていました。

その後、大きい病院で手術をすることになりました。

 

目の前は真っ暗。

一般的な流産率が15%あり、まさか自分の初妊娠がそこに当てはまるとは思ってもいませんでした。

 

**********************

スーパーマン

流産から数か月後、各種抗体検査を行い、不妊治療を再開。

夫とも相談の上、高度な治療が可能な病院に通うことになりました。

当時住んでいた場所からは1時間半くらいかかる病院のため、帰宅は22時を過ぎることが週に何回もありました。

 

精神的にもヘトヘトになり、お肌もボロボロ。

職場の同僚も友人達も出産ラッシュの中、私だけなぜ妊娠しないのか・・悩む日々。

 

病院通いと通勤距離に辟易していたのもあり、夫を説得し、今の地域に引っ越しをすることにしました。

職場へも病院へも30分以内の距離。

 

自然豊かで安価な社宅とは異なり、家賃は高くついてしまいましたが・・

精神的負担はかなり軽減しました。

 

当時、引っ越し準備でバタバタしている時に、高度な治療の説明会に出席。

たまたまですが、治療を1回飛ばしました。

ともばたけ【過去記事】:忘れていた5年ぶりの痛み

その頃の記事です。

 

さぁ、治療に本腰を!と思っていた矢先、妊娠していることが分かりました。

まさかまさかの出来事。

あの流産からちょうど1年経った時でした。

 

不安もいっぱいありましたが、比較的順調な妊婦生活がスタート。

 

幸い無事、長男誕生。

夫婦ともに、こんなに子供がいる生活とは幸せなものかとかみしめました。

もちろん、大変なことも沢山あり過ぎて、パニックにもなりました。

 

11か月後に職場復帰。

程なくして、総務より健康診断を受けていないので別途病院で受けて欲しいと通達がありました。

調整し、予約。

レントゲンやバリュウム検査を考えると、一度、妊娠検査薬で調べておいた方がよいか・・

と思い、ひょいと検査薬を買い調べました。

 

『陽性』

 

うわぉ!!

実は、断乳直後だったため、まだ生理も来ていませんでした。

妊娠しているという事実に、嬉しさももちろんありましたが、驚きの方が大きかった気がします。

 

あれよあれよと1歳8か月差で、次男を出産。

 

2人になってからの育児は、壮絶でした。

育休明けは、毎日吐きそうでした。

ともばたけ【過去記事】:『1人目』育休明けと『2人目』育休明け、ハードなのはどっち?復帰4年で考えること。

夫は、繁忙期には5時台に家を出ます。

そうでない時は6時台ですが、基本、私はワンオペで子供達と朝の支度です。

 

始めの1年は、毎日、

明日は辞表を出すべきか・・

と思っていました。

復帰10日と経たない間に2泊3日の学会にも参加しました。

復帰後、勤務日数10日経っていませんが泊まり出張です!

これは、別に、意識高いでしょ?という自慢でも何でもなく、1年に1回しか学会がないため『このチャンスを逃すまい』と参加したまでです。

そして、ここで偶然出会った『縁』が、後の私の仕事人生を大きく変化させます。

行かなければ、私は社内プロジェクトにも呼ばれることはなく、隅の方でコソコソ過ごしていたでしょう。

 

話を戻しますね。

今考えても、復帰2年はしんどかった・・仕事と育児しかしていません。

 

仕事面では、

徐々に舞い降りてきた技術者としての千載一遇のチャンスと、

初めての社内プロジェクトリーダー抜擢に緊張とストレスの毎日。

もちろん、やりがいはありますし、やっとバッターボックスに入った感はあります。

今やらないと、もう私なんぞにチャンスは回ってこない。

 

プライベートでは、

3人目を・・と思い、べビちゃん待ちはしていました。

ただ、1人目の時のような治療には、とてもとても踏み出せませんでした。

バタバタ過ぎて、キャパオーバーだった部分もあります。

 

一方、夫もサラリーマンとして脂がのってきている時期。

海外出張も年に2-3ヵ月に1度のペースで赴き、企業の研究員としては充実した日々を送っているようでした。

頑張って、早く帰ってきてくれているのは分かるのですが、やっぱりドタバタな我が家。

夫婦ともにイライラや、上手くいかないことも沢山ありました。

 

そんな『記憶がなくなるくらい忙しい日々』が過ぎ、

2人目復帰から数年が経過した2019年のある日。

 

自分の生理が遅れていることに気が付きました。

いつも正確な周期できます。

おやおやおや・・??

いやいや。

喜ぶのはまだ早い。

それから、1週間後、やはり来ないので検査薬で調べてみると・・

 

検査薬に『陽性』の線が

やった~~~!!

 

帰ってきた夫にすぐに検査結果をみせました。

 

夫「おおお~~~!良かったじゃん。って、これから益々大変になるなぁ」

妊娠報告にニコニコしていました。

 

しかし、そのニコニコは、妻の数秒後の言葉によって消されました。

 

私「じゃあ、次は貴方が育休を取得してね。」

 

夫は、エッ?

と反応したと同時に、「それは無理だよ。」

と言いました。

 

何で?1人目も2人目も私が取得したじゃないの。3人目ができたら、お願いねって言ってたやん。

夫「どう考えても厳しい。」

ピシャリと放たれました。

理由は、以下のよう。

  • 自分の研究サポートのためにパートさんを数人雇ってもらった
  • 他のスタッフの研究課題も自分が方向性を決めている
  • 各種共同研究も関わっている

らしいですわ。

 

へ~~~

 

で?

いやいや、そんなの私も同じだし。

 

でも、しょうがないじゃん。

そのタイミングが過ぎるのを待っていたら、定年になってしまうよ。

子供が一番大事じゃない。

 

夫は、黙り込んでしまいました。

私は、畳みかけました。

 

何でいつも、私ばっかりなんだと。

少しは協力して欲しいと。

何もずーーっと貴方が取るわけではない。

バトンタッチでどうにかならないかな?

あれこれと、妥協案も投げかけてみます。

 

協力していると夫。自分の職場の中では、いち早く帰宅している方だし、なるべく寄り添っている。

ただ、育休はどう考えても無理。

 

話し合いは平行線のままでした。

そして、変な方向にこじれてしまい、私が仕事を辞めたら良いという結論まででました。

 

とにかく、頑なに「育休は無理」「休むことなんて想定した人員配置になっていない」の一点張り。

 

すぐにでもという話ではないので、徐々にお願いしてみてよ。

と言っても、無理の一言。

 

私は、涙が出てきて、そのままお布団に潜り、泣きました。

やっぱりこの人は、亭主関白だ。

いや、この人というより、ザッジャパンのサラリーマンの固定観念に腹が立つ。

きっと、彼だけでなく、多くの日本人男性が、「俺は育休なんて無理」というハナから思想にすらないのだろう

 

何だよ。

何でだよーー

 

それから数日後、私は、朝の支度を子供達をしておりました。

 

すると、太ももにかけて、静かに赤い血がスーーっと下りてくるのが分かりました。

痛みもなく、ただただ流れる血。

 

あっ・・

 

続きます。
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ABOUTこの記事をかいた人

10数年前の入社当時は、バリバリ系(自称)を目指してヒジ張って働いていました。 メディアに紹介され、優秀な女性として会社の重要ポストに・・と本気で考えていました。 現実は全く違い、自分の中で上々の結果だと思っても平凡な評価。現実と理想の違いに悶々とする日々。 結婚、自らの転勤、DINKSを経て、待望の子供を出産。 2回の育休を取得し、現在3歳、4歳の育児中。 約50平米、賃貸マンションを何とか快適にと模索の日々。 夫婦共に技術系総合職、 お互いの実家は遠方(完全核家族)、 バタバタの育児、 主人は早朝(繁忙期は5時)に出社、 夫婦共に遠出の出張も・・ どこまでいけるか奮闘中の共働家、ともばたけ!